令和四年四月号2021年5月より毎月1号、三河湾の旬をお届けします。
1年間にわたり三河湾の魅力をお伝えするために発信してきた「三河湾魚便り」も今月で12回目となり最終号です。今回は縄文時代から食べられていたと言われる、日本人にとって最も馴染みのある鯛について。中でも春の門出、そして新しい出会いと様々なお祝いの席で欠かすことのできないカスゴ鯛について取り上げたいと思います。
鯛
カスゴ鯛とは様々な別名がありますが、真鯛の生まれて1年になる小さなものを指します。その呼ばれは鮮やかな赤色から血鯛と呼ばれたり、分かりやすく小鯛と呼ばれたりもします。ではカスゴ鯛という呼び名はというと、春日神社に由来すると言われています。春に生まれ、1年後の春に旬を迎えることから春の小鯛であり、古くは平安時代から貴族文化の中で春のお祝い事があれば前菜として提供されていたと言われています。
料理
昔は今のように冷蔵庫などもなく、保存が難しかったことから、塩で締め、酢で塩を抜くという技法(酢締め)が魚を食べるために必要でした。このカスゴ鯛も同様に平安時代からの定番の食べ方は酢締めです。料理の前菜として食べられ、位置付けとしては漬物でした。酸っぱく、発酵していることから口をさっぱりすることが目的で、今のように主菜ではありませんでした。当時は甘い=うまいという時代で、このカスゴ鯛の酢締めを食べる際には甘いおぼろを間に忍ばせた手毬寿司も作られていました。現在の鮨店でこの仕事をするお店は減っているかもしれませんが、カスゴ鯛や小肌などにおぼろを合わせた握りは平安時代の伝統を受け継いだ有難いものと言えるかもしれません。
文化
鯛には様々なストーリーが背景にあります。縄文時代から食べられていたことが発掘調査などから分かっています。食べられていたことはもちろん、骨を釣り針にするなど実用的な用途でも馴染みがあったそうです。また鯛はメデタイとも言われるように縁起物として安産祈願にもされていました。こういった背景から鯛は古い歴史をもつ高級魚の代表的存在であると言えます。
少し脱線しますが、現在の鮨店などで最も高級なネタはマグロ、トロ、ウニ、いくらといったものですが、これらは全て冷蔵庫の発明によってもたらされたと言われています。それ以前では足が早くなかなか提供が難しかったことから、あまり食べる機会がありませんでした。また時代とともに人々の味覚も変化し、脂のあるネタの人気が伸びていることも変化の理由かもしれません。こうして見てみると鯛は淡白で、その香りと食感が爽快で、高級魚の中では特異な存在です。やはり美味しさだけでなく、文化的、歴史的な希少性が鯛の価値をつけていると考えることができそうです。
最後に
すし人三篤では、このカスゴ鯛を握りにして提供しています。形原で揚がる鮮度抜群のものをさっぱり酢締めにし、1日経った後に酢がちょうど良く馴染んだタイミングを狙います。軽く締めたカスゴ鯛の場合、個体自体の甘みを感じられるため、おぼろは噛ませずに握ります。これも文化や歴史、また現在の私たちのおかれる時代性など様々な試行錯誤を経て辿り着いたと考えてみると、一貫の鮨の背後にあるものがより面白く感じられると思います。
1年間、この「三河湾魚便り」を通じて一貫してお伝えした部分はこういったことだったのかもしれません。鮨は材料も見た目もシンプルです。しかしその一貫に込められた想いや歴史、背景を知っていただくことで美味しさもより深いものになるのではないかと考えています。これからも食を通じて三河湾の魅力を発信できる鮨店であり続けられるよう、日々精進して参りますので、是非お店にいらしていただければと思います。1年間読んでいただき誠に有難うございました。