令和三年七月号2021年5月より毎月1号、三河湾の旬をお届けします。
イカはその種類によって旬が異なり、寿司屋にとって季節を知らせてくれるネタです。
スルメイカやヤリイカ、スミイカなどそれぞれ特徴がありますが、今回の「三河湾魚便り」で取り上げるのは、魚体が大きく甘みが強い特徴から「イカの王様」と称されるアオリイカ。冬場は「落ち」と呼ばれ海の深場に潜る為、揚がるのは5月の暮れから8月まで。今がまさにベストのシーズンです。
特徴
篠島で揚がるアオリイカは50cmを優に超え、仕入れが良い時は1m近くの魚体になります。泥障(アオリ)とは元々泥除け用の馬具で、形がそれににていることからアオリイカと呼ばれます。芭蕉の葉ににていることからバショウイカ、ミズイカ、モイカとも呼ばれますがアオリイカが一般的に広く使われています。魚体の形やサイズだけでなく色も特徴的で、鮮度が高ければ高いほど独特の透明感を持ちます。〆てから氷にあて10度で保存しながら、当店にはまだ透明の状態で届きます。鮮度の証です。
二つの楽しみ方
一般的にイカの楽しみ方は2種類あると考えています。一つは「食感」、そしてもう一つは「甘み」です。どの魚にも言えることですが、釣りたて、採れたては食感を楽しむのに最適です。イカは特に顕著です。その為「食感」の良いイカを味わおうと思えば海へ行くしかありません。この指標でイカについて考えたとき、釣って陸に揚がった時がベストの状態ということになりますので、寿司になるまでの間はストレスによる劣化が進んでいく時間になってしまいます。お店に届くときは透明ですが、夕食の時間の頃には流石に透明度も落ちてしまい、食感を楽しむにはベストの状態ではない。それをお客様に提供するわけにはいきません。
こうした背景からすし人三篤では「甘み」を追求した楽しみ方を常に模索しています。採れたてではなく、最低3日間は寝かせることで甘みを一気に増幅させます。表面は酸化し食感を残しますが、その他、1cm近くの厚いアオリイカの身は甘みを強く持ちます。イカとしての少々の食感と、アオリイカの甘さを同時に味わえるよう、そぎ切りにしてからイカ素麺を作るような形に細かく切っていきます。そして甘さを更に際立たせる香りである薬味を混ぜ合わせ、握りにしていきます。様々な試行錯誤の中から現在の形が今のところ「甘み」を楽しむ為の最適解であると考えています。
最高の形を追求したい
マグロ漁船に乗っていた若い頃は、南アフリカ沖で擬似餌代わりにカジキのツノを流しておき、そこに食いついたスミイカをそのまま海水ごと食べていました。市場のものと比べても別次元の鮮度の高さです。採れたて数十秒で身が完全に活きた状態を捌きます。刺身でも抜群に美味しいのですが、焼きそばに入れたときのコリコリの食感は格別です。
この経験から「食感」をお店で楽しむのは少々無理があると感じるようになりました。もしかすると、篠島で揚がる鮮度が高い状態のアオリイカですから、それでもお客様にとってはイカの概念が変わるような食感かもしれません。ですが、私自身が最高の食感は漁船の上にあり、お店にはないことを知っている以上、「妥協」したものを出すわけにはいきません。常に魚と向き合い、自分が信じるベストな状態に仕上げるのが職人の仕事だと信じているからです。手を加えるのか加えないのか、寝かせるのか寝かせないのか、全ては寿司になったときの魚のポテンシャルを最大限に引き出すことができているかどうか、自問自答をくり返した先にあると考えています。