令和三年六月号2021年5月より毎月1号、三河湾の旬をお届けします。
新子は季節の風物詩でありながら、その特徴や希少性からなかなか実際に食べる機会は少ないネタかもしれません。三河湾でコハダが揚がりますが、新子は隣の浜名湖から。直接的には三河湾というわけではありませんが、海を共にしていることから、今月の「三河湾魚便り」は新子を取り上げたいと思います。
特徴
出世魚という言葉は同じ魚種がサイズによって呼び名を変える魚のことを指します。ハマチがブリになるように、新子はコハダ、コノシロになります。慣習で寿司屋の修行では1番下っ端のことを「新子」と呼びます。ハマチではなく新子を呼称とするのは人間の小指にも満たないその大きさに由来するのかもしれません。
一般的な出世魚とこの新子が異なる点は大きくなればなるほど価値が下がるという点にあるかもしれません。逆に言えば新子が1番価値があるということです。コノシロまで成長してしまうと500円/kgといったような価格になってしまいますが、新子は50,000円/kg以上ということも珍しいことではありません。
新子の独特の味、香り、風味、また季節限定という希少性に加え、その繊細さ故に仕込みも大変であり時間をかけなければなりません。1貫あたりの値段が大トロを超えてしまうようなこともしばしば。このような理由から、「逆出世魚」と呼ばれたりもします。
今年の初モノは250,000円/kgという価格でしたが、それでも値段は考えずに三篤では必ず仕入れを試みます。そして例えば4人のお客様にご予約いただいている日であれば、100g(約30尾)仕入れて6~8枚づけにして1人一貫提供します。材料原価を考えれば1貫あたり8,000円~9,000円ということになってしまいます。利益度外視で仕入れることから「女房を質に入れてでも握る新子」と呼ばれるほど、寿司屋としての心意気が問われるネタでもあります。新しいもの好きの江戸っ子が初モノを高値でも買う風習は現在も残っていて、マグロやサンマもその類です。
仕込み
新子を扱う際は、鮮度に細心の注意を払います。青魚に共通して、温度があがると臭みが出てしまう為、塩水氷につけて保存します。真水では魚体に水が侵入してぶよぶよの身になってしまいます。また魚体が小さい為、直接塩をあてることはせず、酢で締めるのもほんの一瞬です。長く浸けてしまうと身が溶けてしまうので、温度、塩の濃度、酢に漬ける時間と完成から逆算して一つ一つ仕事をしていきます。
おろす際はペティナイフや剃刀を使うなんて人もいますが、ヒレをしっかり落として丁寧に仕込むためには小出刃庖丁を使う必要あります。ものすごく細かな作業ですが、これを一つでも怠ると最高の一貫を握ることはできないと考えています。
味
なんと言っても特徴は「溶ける」という感覚です。トロが溶けるのとはまた違った溶け感です。これは新子だけが持つ特徴と感じています。光物の香り、そして生まれたての香り。独特の旨味。これらは数尾口に入れるだけでは味わうことができないため、新子本来の味を楽しんでいただきたいと考えると、6~8枚を付けて握るのが最適だと考えます。技術的にも体力的にも、そして経営的にも物凄く大変なネタである新子。しかしそれらを乗り越えた先に唯一無二の一貫があります。この「溶ける」感覚、味、香りはそうまでしないと体験できない世界だと信じています。
ロマン
「意地と根性で握る新子」と呼ぶのも全く大袈裟な話ではありません。繰り返しになりますが、経営的側面から仕込みの面での難しさ、そして最後にはお客様の前で握る際の技術。何をとっても一瞬の気の緩みも許さない新子は、文字通り「命懸け」で握る寿司と言えるかもしれません。毎年この季節になると、「1年間この新子を握る為にやってきたんだ」とより一層、気を引き締めます。小さく繊細な魚体に、寿司職人としての思いが全て詰まっています。この季節でしか味わえない新子、是非お楽しみいただければと思います。(※当日分のみ仕入れをする為、天候によってはご提供できない場合もございます。ご理解頂きたく存じます。)